引き寄せの法則を量子論と脳科学をベースにしたメソッドで提供

無が量子の本質

  • 引き寄せと量子論 時間と空間
  • 2015年8月9日  

無があるから有がある

あなたは夜空を見上げるとき、何を見てますか?


「そりゃ、月とか星でしょ」\( ̄ー ̄;)


当然そうだと思います。


夜空に輝く月や星はとてもキレイだし、幻想的でもありますよね。

 

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ただしです。


美しい星々は、あるモノ無しでは観ることが出来ません。

 

 

モノ、と言って良いかどうかはありますが。。。

 

 

あなたは、その「あるモノ」がなんだかお解りになりますか?

 

 

 

あるモノとは何かと言うと、

 

 

「空間」

 

 

です。(*^.^*)


当然なんですが、真っ暗で何も無いように見える空間が無ければ、星を観ることは出来ませんよね。


真っ暗な空間があるからこそ、輝く星々を認識できています。


考えてみれば、我々の存在にしてもそうです。


我々の間に「空間」が存在しているので、我々はお互いを「存在」として認識出来ています。


音楽にしても、音と音の間に必ず「空間」があります。


会話は話芸にしても、「間が悪い」のはダメとされています。


書道にしても、白い空間があるので書として認識できます。


このように、我々人間もしくはこの世に存在するモノ全ては、「空間」や「間」と言われる、一見何も無いように思える状態や空間無しには存在出来ない、ということなんです。


そういう意味では、我々の存在の有無をコントロールしているのは何も無いように見える空間ということになりますよね。(*゚ー゚)ゞ


で、そう考えた時に思い浮かぶのが量子の重要な特性です。


どういう特性かと言うと、

ある時は波動であり、ある時は粒である

という特性です。


改めておさらいしますね。(*゚ー゚*)


量子は、

ある時はどこにでも偏在する様な非物質的な状態、

つまり、


「空間や間」


の様な状態になっていますが、ある時は一カ所に集まっている物質的な状態、

つまり、


「粒」


になっているということです。


さらに言うと、量子の非物資的な状態と物質的な状態の割合は、

95:5

という割合になる、つまり、

9割以上は空間の様な非物質の状態

ということです。


つまり、量子はそもそも非物質で、何も無いよう見える「空間のような存在」であるということ。


そして、物質を物質たらしめているのは、何も無いように見える空間があるから。。。


なんか、謎かけみたいでややこしいですかね~(*^.^*)


しかし、このような考え方は、老荘思想や仏教にも見られると思っており、引き寄せの法則にも繋がる話しだと思っています。

 

 

仏教と言えば

般若心経

が有名ですが、その中に

色即是空、空即是色(しきそくぜくう、くうそくぜしき)

という表現があります。


ここで言う「色」とは物質(生物含む)のような実態があるものを表しており、「空」とは何も無いように見える実態が無いものを表しています。


なので「色即是空、空即是色」を簡単な表現で言うと、

物質はそもそも実態の無いエネルギーのようなものであり、実態の無いエネルギーの様なものは物体でもある

という感じになると思います。


なんか、わけわからないですよね。(*^.^*)


でも、この表現、実は量子の特性をよく表しています。


このブログでも何度と無く出てきますが、量子は、波動であり物質であるという特性を持っています。


波動ということは、目に見えない非物質的な存在ということですので、量子は物質でもあるが、非物質でもあるということになります。


まさに、

色即是空、空即是色

なんです。(*゚ー゚*)

 

ういちゃん

 

そして、これは前の記事でも書きましたが、量子はそもそも95%が波動の状態ということです。


つまり、量子はほとんどが実体のないエネルギーの様な状態になっており、この空間に偏在しているという感じでしょうか。


そしてさらに言うと、この空間には我々人類がまだ認識出来ていない、未知のエネルギーと物質が充満しています。


これらは、ダークエネルギー、ダークマター、と呼ばれるもので、実に宇宙全体の96%を占めると言われています。


つまり、我々人類が認識出来る宇宙はたったの4%ということ。。。


まー、ほとんど何もわかっていない!!ということですね。


そして、この比率、つまり、量子が波動か物質になっている割合が、

95:5

宇宙に充満する未知のエネルギー、未知の物質と、我々人類が認識出来る物質の割合、

96:4

というのが非常に近いですよね。


なぜこの比率なのかは全く解りませんが、いずれにしても、

この世界の主体は人類が認識、感知出来ない「非物質」だ

と言うことになります。


そして、我々人類は、この世界の主体が「非物質」だとは知らずに、ずっと物質に囚われて来た。。。


つまり、この世界の5%以下に固執してきた。。。


と、言うことが、最新の量子力学や宇宙物理学で解って来たということですね。

 

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そうなるとです。


何かを成そう、とする際には、世界の5%程しか占めていない「物質」に色々働きかけるよりも、95%以上を占めている「非物質」に働きかける方がはるかに効率的なはず。。。


そして、この「非物質」に働きかける方法の一つが引き寄せの法則だと思っています。

 

 

 

あなたは、「無為の為」(むいのい)という言葉をご存知ですか?


これは古代中国の老荘思想の言葉です。


どういう意味なのか簡単に説明すると、「何事もなさないでいながら、すべてのことをなしている」ということになります。


「なさないでいながら、なしている」なんてまるで謎かけのようですので、もう少し説明しますね(*^.^*)


「無為」という言葉はよく


「無為無策」

「無為に過ごす」


などのように、「なにもしないでいること」という意味でよく使われますが、ここで使われている「無為」は


「意図や作為がない」


という意味です。


では、「意図や作為がないのに、なしている」とはどういうことでしょう?


これは自然の有り様を表しています。


自然法則は意図を持たずとも、全世界、というか全宇宙に行き渡り、完璧に「あるべき様」をなしているという感じでしょうか。

 

>ういちゃん

 

我々人間が認識出来る領域はこの世の5%以下です。


さらに、5%の領域内で我々人間が意図して関われる部分もごくごく僅かです。


日の光を照らしているのも、雨を降らせているのも、風を起こしているのも、大気を作っているのも、我々人間ではありません。


我々人間はそれらをコントロールできません。


コントロール出来ないばかりか、それらの恩恵の中で生かされている存在です。


そういう意味では、当然、人間も自然法則の一部であり、それなしでは生きられないということです。


そう考えると、そもそも人間も「無為の為」が一番上手く行くのでは?ということなんですよね。


しかし、そうなると当然、「ってことは、何も考えず、努力もせずに生きるってこと?」という解釈になっちゃいます。


それは正直、良くわかりません(^_^;)


良くわかりませんが、考えたかったら考えたらいい、努力したかったら努力すればいい、と私は思っています。


なぜなら、人間にはそもそも「感情というセンサー」が備わっていますので、そのセンサーに従わないのもそれこそ自然法則に反するでしょう(^^ゞ


あなたが、「やりたいな~」と思ったことをやるのはそれこそ自然法則に叶ったことだと思います。


ただし、「やりたいな~」との思いが何を前提にしているのか、ということは注意が必要と思います。


もしかしたら、その「やりたいな~」が根拠のない欠乏、不安、恐れなどの感情から来ているかもしれないからです。


そうなると、不安や恐れの波動を出しながらの行動になりますので、辛くなっちゃいます。(TωT)


何より嫌な気持、感情が根底にあるので感情というセンサーの自然法則に反することになると思います。


私が「無為の為」を引き寄せの法則的に解釈すると、

本当の自分のまま、願望はちょっと意図して、手放し、感情に従う

という感じでしょうか。(*゚ー゚*)


そうすると、人間が感知、認識出来ないこの世の95%の領域が動きだし、望む状況が引き寄せられるということだと思ってます。


5%の「有」の領域でなんとか頑張るというよりも、95%の「無」の領域を利用して楽に行きましょ~的な話しですかね。


そして、その方が、地球全体を考えた際も、もっと平和になるはず、なんて思ってます。


何しろ、人類は5%の領域で奪ったり奪われたりを繰り返しており、その結果、戦争や貧困などの問題が絶えない状況ですのでね。(*v.v)

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