引き寄せの法則を量子論と脳科学をベースにしたメソッドで提供

関係性の設定を変更する

量子力学で確認されている物理現象で考えると、この世は、「人間の意識が介入することで初めて現実が確定する」となります。(^_^)

量子力学の祖の一人であるニールス・ボーア博士がこのような主張を始めたのですが、当然そのような主張をし始めた当初は多くの反発を食らいます。∑(゚Д゚)

古典物理的に考えると、「自然の摂理には人間の意識を超えた客観性がある」となり、多くの物理学者はそう信じて疑わなかったからです。

あのアインシュタインでさえ、ボーアの主張を「おいおい、そんなわけないだろ∑(-x-;)」と受け入れず、様々な反証を試みたわけですし。

アインシュタインも量子力学の祖の一人であるにも関わらずです。(@_@)

でも結局反証は叶わず、逆に量子力学の正しさが次々に証明されていってしまうわけです。

ただ、現代社会においても、「人間の意識が介入することで初めて現実が確定する」なんて言うと、「何言ってんだお前?(  ̄っ ̄)」なんて顔されるんで、状況は変わっていないとも言えますが。。。(・Θ・;)

でも実際には量子力学の祖と言われる人たちは、100年も前にこの世が「まず意識ありき」という重大な事実に行き着いてしまうわけです。

それと同時に、古代先人の叡智にも、すでに量子力学で確認されているような現象が語られていることに氣づいて衝撃を受けるんです。キャ━━(#゚ロ゚#)━━ッ!!

ボーア博士は道教(易経)を研究し、「この世は、陰でもなく、陽でもない、すべてが確率の状態で入り混じっていて、どちらにでもなりうる状態が常」、とする易経の考え方に量子力学(量子論)との共通点を見出します。

また、インドで生まれた仏教にも「量子論との共通点が多い」と言われています。

その一つが「縁起(えんぎ)」という概念で、これを簡単に言えば、「すべての存在は関係性で成り立っている」、ということです。

この世に「絶対的な単体」という存在は有り得ない、ということです。(・ε・)

例えば、あなたがあなた自身を語るときに、どことの関係性も無い、全くの単体として語ることができるのか?

名前、出身地、住んでいるところ、職業、趣味などなど、これらはすべてあなたと関係しているものであり、あなた自身ではありません。

名前でさえも、あなたという肉体につけられた記号のような関係であり、それはイコール家族との関係も表してますよね。ヘ(゚∀゚*)ノ

だって、あなたが結婚して名字が変わったら、あなたはあなたではなくなるのか、なんて言うとそんなことないでしょ?

あなたという存在は、何らかとの関係性の中で、初めて定義(説明)できるんです。

で、この「縁起」という概念は量子力学でも同様なんです。

なぜなら、この世はそもそも「観測者」と「対象物」という関係性がなければ存在しえないからです。

この宇宙でさえ、人間という観測者がいなかったら存在しない、となる。(( ;*д*))o=3=3

アインシュタインが「んなわけないだろ∑(-x-;)」と突っ込みたくなる氣持ちもわかりますよね。

でも、この宇宙を支配する二大物理法則の一つである量子力学で考えると、そうなってしまうんです。(ノ´▽`)ノ

陰と陽、明と暗、上と下、善と悪、自分と他人など、これらの概念も片方だけの単体では成り立ちません。

相対する何かが必ずや存在し、それらが入り混じる中での【関係性】がすなわち現実なんです。

考えてみてください。(・ω・)b

あなたがあなたの現実を解釈するのは、何かとの【関係性】を元に解釈してませんか?

あなたが現実を「辛い」、「悲しい」と解釈しているとしたら、それは他人との関係性だったり、お金や住まい、モノとの関係性を「辛い」、「悲しい」と解釈しているからではないですか?

現実を「楽しい」、「嬉しい」と解釈している場合も、それは何らかとの関係性をそう解釈しているからです。ϵ( 'Θ' )϶

つまり、あなたの現実は、なんらかとの関係性の解釈、ということです。

そして、さらに言えば、その関係性の解釈は、そもそもの『設定』が影響しています。

例えばですよ。

誰かとの関係性を「悲しい」と解釈しているのであれば、その誰かとの関係性を「決してわかり合えない関係」と『設定』していたりします。(ノ_・。)

そうなると、そもそも「決してわかり合えない関係」と設定しているので、自ずと意識は「わかり合えない現象」を積極的に捉えるようになります。

脳には意識したものだけを捉えるフィルターがあるからです。(#^ω^)

ですので、「決してわかり合えない関係」と設定していれば、ますますそれを自覚するメカニズムになっているわけです。( ゚∀゚; )タラー

そして、そのような設定をしている、ということは、ある意味、『自分が悲しい氣持ちになる設定を選択している』とも言えます。

で、もしあなたが「悲しい氣持ちになりたくない」と言うのなら、一度その設定を疑ってみることです。

「決してわかり合えない関係」と設定しているけど、本当に何一つわかり合えないのか?、ということをです。

そして、冷静に振り返ってみると、「全くわかり合えない、というわけでもないな( ゚д゚)ノ」なんていう氣づきが起きたりします。

そうしたらあとは、自分が悲しい氣持ちにならない『設定』に思い切って変えてみるんです。

例えば、「全部とは言えないまでも、半分ぐらいは分かり合える」というような設定に。(・∀・)ニヤニヤ

そうすると、その設定に合わせて「分かり合えること」にも氣づきやすくなり、今までネガティヴに解釈していた現象もポジティブに解釈できるようになり、その結果、悲しい氣持ちになる比率が減ることになるわけです。(^ε^)♪

ですので、もしあなたが誰か、あるいは何かとの関係性にネガティヴな感情を持っているのなら、そもそもその関係性をどのように設定しているのか考えてみて下さい。

設定が分かったら、その設定を「本当にそうなのか?」と疑ってみる。

その上で、そうでもない部分が見つかったら、思い切って設定を変えてみるんです。

それだけで目の前に現れる現実が変わったりしますよ。(*^▽^*)

 

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